姉妹都市 マントヴァ市(イタリア)
 
位 置
 マントヴァ市は、イタリア共和国北部ロンバルディア州にあり、北イタリアのガルダ湖から流れているミンチョ川がマントヴァの周辺で幅を広げ、町を取り囲む3つの湖(スペリオーレ湖、ディ・メッゾ湖、インフェリオレ湖)を形づくっている。ミラノから南へ車で約1時間半。
マントヴァ市の面積は約64km2で、人口は約5万人。人口密度は756人/km2となっている。
 
冨士谷市長とマントヴァ市長
産 業
 製造業は19.9%(アパレル産業、ストッキング工業)で、産業は17.8%(精油所、化学工業など)、農業は11.9%(米、麦、チーズ加工、パルメザンチーズの一種)、サービス業は14%、商業やホテルなどは9.3%、テクノロジ産業、建設業、銀行、保険、融資などは残りの27%です。マントヴァは風光明媚な観光地で、その産業で繁栄しつつである。
 
歴 史
 マントヴァは5世紀までローマ帝国の1つの町で、その後、異民族の侵入に悩まされた。
14世紀からゴンザーガ家が支配する独立国家として栄え、15世紀の終わりには、隣国のフェラーラ公国からイザベラ・デステを妃に迎え、以後マントヴァ公国は頂点を迎えた。
 1627年のナポレオン侵略により、公国は  1797年までオーストリアに占領された後、1866年にサヴォイア家による王政でイタリア王国となる。1946年にウンベルト2世が退位、サヴォイア家による王政が廃止され、イタリア共和国となった。
 提携までの経緯
 安土町とマントヴァ市は、16世紀に天正遣欧使節が安土の町が描かれた屏風絵をローマ法王に献上するために、マントヴァ市を訪問したことに歴史的由来がある。平成元年11月にはマントヴァ市を含む海外9都市と国際文化交流提携を結び交流の推進を図ってきた。
またこの歴史的由来や、湖や自然などの環境的な共通点に基づき、姉妹都市提携に向けて互いに努力することを、平成16年2月に安土町長とマントヴァ市長が約束するなど、数年来の相互の交流を通じて友好関係を築き上げてきた。これらに基づいて両市町は、互いの友好関係を推進するために、姉妹都市提携を結ぶに至った。

提携経過
1987年(昭和62年) 4月 天正少年使節が訪問した36都市(イタリア・スペイン・ポルトガル)へ文化交流再現の町長の手紙を送付。
ローマ・マントヴァなど14都市から賛同の返事
1988年(昭和63年)10月  「安土町国際文化交流協会」発足
1989年(平成元年)  8月   同協会より平成少年使節をローマへ派遣。
11月 使節団が渡欧し、文化交流再現について賛意を示した
14都市を訪問。マントヴァ市を含む9都市と国際文化交流提携の協定を調印。
1996年(平成8年) 11月  ヨーロッパジャパンウィーク(イタリア・ヴェネチア開催)の展示部門に参加。
期間中にマントヴァ市をはじめとするイタリアの国際文化交流都市5都市を町長ほかが表敬訪問。
2003年(平成15年) 1月   マントヴァ市長より交流再開のFAX。
2月 町長より交流再開について承諾の手紙を送付。
2004年(平成16年) 2月   町長がマントヴァ市訪問。姉妹都市提携について合意。
2005 年(平成17年) 2月   安土町にて姉妹都市交流調印式(マントヴァ市長来日)。
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